【出雲大社】(いづもおおやしろ)を巡るスピリチュアルトラベルもいよいよ最終回…!!
皆様お待たせいたしました!
サイトスタッフ「近藤」です…!!!
大社をぐるりと巡った前回。
歩みは西へ、大社を後にした場面から後編はスタート。
それでは早速行っちゃいましょう!!

大社から西に抜け、早くも右手にみえてくるもの…
それぞかの有名な「大しめ縄」を擁する「神楽殿」!!
ちなみに入ってすぐ右手には…

二つの小さなお社が。
右手のものが「祓社」(はらえやしろ)。
左手のものが「金比羅宮」(ことひらぐう)。
前者は大社に向かう途上にも同じくあった、四柱の祓戸の神を祀ったお社。
後者は大物主神を祀ったお社で、日本書紀の異伝によれば「大国主神」の御別名であるそう…!!
(ちなみに古事記を紐解くと、これまた別の解釈があるらしいです。
神話の世界は奥が深い…!!!)


はてさて!
「神楽殿」へとお邪魔する前に二つの社へ参拝を済ませ…
いよいよお待ちかねの「大しめ縄」をもっと間近で拝見!!
動画からも伝わるその迫力、ぜひぜひ皆様もご刮目あれ…!!!
と に か く デ カ イ …!!!
笠先生曰く、
『長さ約18m。
まるで龍が如きわら束を2本、より合わせて完成をみるこちら。
横幅にして4m弱を誇るのですが、これは直径30㎝ほどに束ねたものを無数につなげ太くしたものと言われます。
この大しめ縄には三つの“しめの子”がついていますでしょう?
実はこちらだけでも重さ300㎏ほど。
果たして大しめ縄全体では5tを超える重さになるのだそうですよ』
5t!!?
そんな声もつい漏れるほどのこのダイナミズム…!!!

なおこの大しめ縄。
聞けば平成30年にかけ替えられたものだそうで、そもそもこちらの神楽殿は明治に入るまでは出雲大社宮司家の大広間だったのだそう。
それが明治後、神殿としても使用されるようになり、昭和56年に出雲大社教が特立100年を迎えた際、現在の神楽殿として建て替えられたらしいです。
(こういったことも、遥か未来になると神話の一つになってゆくのかな…)
そんな感慨を覚えつつ、かくして大しめ縄をくぐりまして、もう少しばかり奥に進みますと…

こんな具合。
記載の写真には納まっていないのですがちょうどここに賽銭箱がありまして、左手の方で御守りや御朱印を頂けるというようになっています。
はてさて…
ここから更に歩みは西へ。
この度の最後の目的地へと進んで行きます。
その目的地とはそう、かの有名な…
「稲佐の浜」!!
約1Kmに渡る砂浜で、国譲りや国引きの神話で有名なその地こそが、今回最後に立ち寄る場所なのでした。
ここを最後の目的地として設定下さったのは笠先生。
『出雲の大社を参拝するにあたり、稲佐の浜を先に尋ね、奉納の為のお砂を頂いて行く…
というコースもあるのですが、今回はあえて最後に立ち寄ると致しましょうか。
旧暦の神無月におき、八百万の神々が大社へと歩を進まれるわけですが、何を隠そう稲佐の浜こそは八百万の神々をお迎えする地。
この浜を語る上で、やはり一度は大社がなんたるかを皆様には体験しておいてほしい。
八百万の上陸地の壮大さは大社とは別の神秘をその目に映し出してくれるはずですよ』
そうしてついにたどり着いた神話の浜…こちらです…!!
曇天ではありましたが、天候なぞ何のその。
神話を知らなくったって、その景色をみれば
“いつかの昔、ここではきっと何かあったに違いない…!”
なんて直感が働くとでもいいましょうか。
神々がこの地に足を踏み入れたから特別な場所、なのじゃなく…
なんていうか、神々がこの地を訪ねるずっと前から、ここ特別な場所だったんじゃないかって。
そんなことを自然と思ってしまうくらいの、その景色。
動画でどこまでこの臨場感が伝わってくれるか心配でもありますが、
少しでも神話に語られる神々の浜の雄大さが多少なりとも伝わって下されば…!!
まさに景勝地と言う言葉がピッタリの、日本遺産に登録されるのも納得なその浜に、ひときわ目立つ…屹立した岩のようなもの。

動画にも映っていたそれは、名を「弁天島」と呼ぶのだそうです。
鳥居の向こうにお祀りであるのは豊玉毘古命(とよたまひこのみこと)と呼ばれる神様なのだそうで…
あれ?
弁天様は…?
と思っているとそこにすかさず笠先生。
『日本には神仏習合という歴史があります。
その頃までは確かに弁天様が祀られていたそうなのですよ。
あちらに豊玉毘古命が明確に祀られるようになったのは明治のころ。
ちなみに平成に入る前まではこの島の前まで波が打ち寄せており、ここまでお傍に近寄ることはできなかったのですよ。
ゆえに大岩ではなく島。
より昔は海にポツンと顔を出す島の様に見えていたのでしょうね』

ザザーン…
ザザーン…
優しく打ち付ける波打ち際のこの音色も、いつかこの「弁天島」が、本当に島のように人々の目に映っていた時代から同じだったのだろうか、なんて。
都会にいたら想いもしないそんな感傷に浸っていると、笠先生は旅の締めくくりに代えた一言を、ポツリポツリと述べて下さったのでした。
『時に有為転変という言葉がございます。
万物は絶え間なく変わり、常留まるところを知りません。
盛者必衰とも言いますが、盛者であろうとなかろうと、変わらぬものはないのですよ近藤さん。
この地が当時の面影を残しているということであれば、
それは“変わらぬものを残そう”とした誰かの想いと尽力が為した結果。
私たちがこの目で見た大社も、この浜も、“かくあるべき姿を何としても後世に残すのだ”と決意した誰かの人生が果たした結果の総体です。
国譲りの神話が神々の想いにより築かれた、彼方の歴史の一幕ならば。
それを現代に残すこの地の在り方そのものは、この地に生きる人々の想いによって築かれた此方の歴史の一幕。
この幕を上げ続けるか、あるいは下げるのかは、今を生きる私たちの手に委ねられています。
過去により築かれるものが今ならば、未来を築くものはこの瞬間を生きている私たちの今が為して成すもの。
あなたが目にした景色。
あなたが耳にしたこのさざ波。
全く同じものではなくとも、似た何かをかつての人々はその目にし、その耳にしたはず。
否応なく変転してゆく世界の中で、されども残してゆくべき何かをあなたが見つけたときには…
どうか想いのままに行動を。
その是非は歴史と言う証人にしか問えぬものでありますが、少なくとも未来の何かに、誰かに、投じた想いはただしき選択の為の糧となって残ると私は信じます』

…かくして。
出雲の神話を一巡りするこの度の旅は幕を閉じました。
これまで私にとって物語の世界だった出雲の神話。
実際に訪ねた後の今でも、どこか非日常に触れてきたような感覚で、いざこっちに戻ってきてみると夢でも見てたんじゃないかっていう…
そんな不思議な感触があります。
けれど今日のこの瞬間だって、あの地に息づく人たちにとっては出雲の大社がある世界こそが日常で、浜に出向けば八百万の神々を迎える浜があって…
過去を今に繋ぐ誰かの人生があったりして。
ああ、古き何かを伝える場所って、もしかしたら先人の想いに触れる場所なのかなって。
だとしたら、そういう想いを拾い上げられる私でいたいな、なんて。
大げさですかね(汗)
前編・中編・後編と続いた出雲の旅のお付き合い、誠にありがとうございました。
ここまでお付き合い下さった皆様の目に、あるいは心に、何か残るものだったり、訴えかけてくれるものだったりがあったなら…
私としてもこの上なく嬉しいです!!
ではでは!
笠先生と巡る出雲編。
これにて了!
ということで、またお目にかかれる日を楽しみに…
以上、笠先生とスタッフ「近藤」がお送りしました!!!
※写真、動画を含め今回の社外企画に関して、先生方のアドバイスの元全て構成させて頂いております。
そのため、場所や詳細に関する質問は基本的には承っておりません。
その他ご意見などは通常通り、お問い合わせフォームにて受け付けております。