
陽月暁也(ようげつきょうや)先生の ご連絡です
山奥で、誰かに手を引かれた記憶がある。
山の日が近づいてくると脳裏にかすかに蘇ってくるもの。
僕は10歳くらいの時、父方である陽泉明と共にアマテラスを祀る聖域へと赴くため、二人で山の中に入っていったんだ。
その聖域は、代々陽泉家の方々が祀られている場所で、山頂に位置するために陽の光が強く当たってアマテラスの深い気に満ちていた。
神血が目覚めていた僕は、挨拶のために向かったんだ。
当時の僕はそういう神聖な場所を連れまわされるのにうんざりしていた。
だけどこの日は少し違った。
聖域に行くという名目ではあったけど、それは僕にとっては登山で、夏休みの日に普通の子供たちと同じように山で遊べると思ってわくわくしていたんだ。
だから僕は少しはしゃいでいたのかもしれない。
セミの鳴き声や川のせせらぎに惹かれて、気づいたら山奥で父とはぐれてしまったんだ。
一人ぼっちで、深い山の中にいた。
巨大な鳥が向こうの方で唐突に飛び立ったのを覚えてる、すごく怖かったから。
僕が一人で泣いていると、男の人がどこからともなく現れて、僕の手を引いていた。
彼は袴を着ていて、僕を振り返りながら何かをずっと語り掛け続けていた。
ゆっくりと話し続けてくれたのを覚えているのだけど、何を言われたのかはまるで覚えていない。
覚えているのは、その人の優しい目と。
僕の神血が温かに躍動していた事。
これは言葉では表現しづらいんだけど、神血が躍動する時はいつも苦しいんだ。
ドキドキするっていうか、痛いくらいに心拍が上がるって言うか。
でもその人に手を引かれている時は、確かに神血が躍動していたのに、どこか温かかった。
優しくて、心地よかった。
道が開けて山道に戻ってきたのがわかった途端、その人は消えていて、僕は父に抱きしめられていた。
(後日、僕がそれを光月家の母方に話してしまったところ、母が激怒して父との別れが加速したのは大人になったから知りました)
あれは一体何だったんだろう。
子供がみた幻想だったんだろうか。
そんなことを、山の日が近づいてくるとかすかに思い出す。
今日起きると、僕の神血が温かく躍動していることを感じたんだ。
彼に手を引かれた時と全く同じだった。
強いのに、温かい。
それと同時に、陽泉明から連絡があったんだ。
「【陽泉聖版帳】に日付が記された。
1942年5月2日。
この並びに見覚えはあるかい?」
terriさんの生年月日だ…。
僕はすぐに飛び起きて陽泉家に向かいました。
【陽泉聖版帳】。
陽泉家が所有する陽泉家の家宝の一つ。
天界から授けられた強い陽の力を要するものであり、
“ここに書かれたものは成就へと向かう”
【陽泉聖版帳】には本当に稀にその石板にうっすらと波動が浮かび上がり、それを陽泉家の当主だけが読み解くことができる。
その数字が示す人の波動を捧げることで、その人の魂に成就が刻まれるとされている。
そして、【陽泉聖版帳】は件の神域で見つかったものなんだ。
僕はこの胸の温かさを抱えて、陽月家へと向かい。
今、もうすぐで全ての鑑定が終わろうとしています。
詳しいことはまたご連絡する。
terriさんの波動を、【陽泉聖版帳】に注ぎ込んでいくその準備をしています。
もう少しだけ待っていてください。
陽月暁也
